(続)「・・・のような・・・」

       

               

                        

   この冬、ファーム富田でチェロのミニ・コンサートがあり、花人の舎の一階ホールで心温まる時を
  もたせていただきました。会場の真中にステージ代わりの台を置き、その周りを取り囲むように
  客席が造られているのですが、招待を受けた方々はなぜか恐る恐る隅の方から座り始め、ステージ
  の前がガラ空き状態。そこで私、この時とばかり勇気を振り絞り、カブリツキに座らせてもらいました。
  というのは、ある事がらを確かめたかったからでもあります。
   音楽の録音技術が今ほど進んでいなかった頃、チェロの録音でよく使われた誉め言葉に、
  「松ヤニの飛び散る音が聞こえるような録音」というのが有りました。ご存知のように弦楽器の弓には
  弦との摩擦を増すため、松ヤニをすり込む訳ですが、その松ヤニが演奏中に擦れて飛び散る。
  その飛び散る音が聞こえるような、というわけです。
   当日、外は雪。暖かいホールのカブリツキで、私、あの藤原真理さん (有名なチェリスト) と2mと
  離れていない位置から目を皿にして、いや耳をそばだて、松ヤニやいかに・・・・・・。
   バッハの無伴奏あり、アニメ映画 「風の谷のナウシカ」 ありでしたが、やはり北海道・富良野です、
  ここは。そう、フォーレの「夢のあとに」。テレビ・ドラマ 「北の国から・遺言」 で、泣かせる場面になる
  と流れるあの切ないメロディー。この曲は 「北の国から」のために書かれたんじゃないかなんて、
  思ったりして。
   それで (話をまとめなくては)、結局、松ヤニですが、飛び散る音は聴こえませんでした (当たり前
  ですが)。
   「現実に有り得ないことを、さも有り得るような気にさせる、リアリティー豊かな表現」 とでも言うんで
  しょうか、この 『松ヤニ』 の件は。
   畑を耕す手を休め、丘を眺めながら、私も一つ作ってみました。
  美瑛の丘を評して―「神様の手が、やさしく撫で上げたような丘の曲線」。ちょっとイヤラシかったか。

スラブの血(その1)

       

                

                        

  1960年代の映画に 「隊長ブーリバ」 (原作・ゴーゴリ) というのがありました。
 スキン・ヘッドのユル・ブリンナーが主演で、他にトニー・カーチスなんか出ていたはず。
  その映画のラスト・シーンで、父親のブーリバ (ユル・ブりンナー) が、息子 (トニー・カーチス) を
 銃で撃ち殺す場面があります。
  この息子、留学中に、敵対するポーランドの将軍の娘と恋に落ち、ポーランド軍の一将として、
 父親のコサック軍に刃向かう。隊長の息子であるがため、コサック軍は誰も手出しをしない。
 父親のブーりバが現れる。二人、一対一で向かい合う。親父が息子に,「Why?] と悲しく問い詰め、
 そのあと銃の引き金を引く。
  ウクライナのステップで繰り広げられる、いい映画でした。当時中学生だった私たち映画好き仲間
 では、この 「Why?」 が流行りましたっけ。

  ハンガリー田園幻想曲 (ドップラー・作曲) というフルートの曲があります。長い題名ですが、曲は
 短く、初めの数小節を聴けば、「ああ、あの曲か」 という位親しまれています。
  でもこの曲、ヨーロッパでは余り人気が無いそうで、来日する演奏家は、わざわざこの曲を練習して
 来て、日本の聴衆の前でアンコール演奏するとか。

  以上、二つの話は長~い前置きです。つまり私たち日本民族は (私だけかな?) どうもあの辺り―
 スラブ民族やハンガリー・ジプシーの巣の辺り―がことのほか好きなようです。
  

カタクリ

         

                     

       「カタクリが咲き、エゾエンゴサクがその間を埋め、ピンクとブルーのパステルカラーの
      じゅうたんのようです」 なんて、毎度陳腐な表現ですが、そんな季節です。
       カタクリで思い出すのは、昔、近所の方に進められて、その葉をお浸しにして食べたところ、
      すばらしく美味しく、私たち夫婦は奪い合うようにして・・・・・・。
       だけど、しかし、その後が大変で (尾篭な話ですが)、二人とも先を争うようにトイレに駆け
      込みました。
       数日後、かの近所の方が見えたので、その話をすると、
         「あぁ、言うの忘れてた。食べ過ぎると・・・だから」
       あれ以来、カタクリのお浸しには縁遠くなりましたが、
       今年あたり、久しぶりに、程々に、ほんの少し、・・・・・・

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「かたくり」

                 

                         「かたくり」 

                   あなたが
                    いまのあなたほど 優しくなくて
                   あなたが
                    いまのあなたほど 男らしくなくても
                   それがわたしの心を
                   どう変えるというのでしょう

                   あなたと
                   あなたを取り巻く世界

                   そうです
                   それらを愛するために
                   わたし 生まれてきたのですもの

カテゴリー: 本、小説、詩  タグ: — tomi PM 12:00  コメント (0)

今夕の夕焼け(写真のみ)

        

                           

                

                  今夕6時頃の夕焼け風景
   

カテゴリー: 写真、絵  タグ: — tomi PM 3:00  コメント (0)

長~い無駄ばなし

          

                   

                           

   先日(4/25)の 「スーッ、と」 に出てきた先輩の話の続きです。
  彼の実家は代々の開業医。彼も大学の医学部をめざし、浪人してはいるものの、予備校通いの
  受験生でした。だけど思うように学習の成果があがらず、失恋あり、その他いろいろありで、自暴
  自棄になり、ある日急に死にたくなったんだそうです。
   薬を買い、人気の少ない喫茶店に入り、一番奥の薄暗い席に身を沈めていると、店内に流れて
  いる音楽が、何やら急に彼の心にしみ込んできます。この世にお別れしようとしている自分への
  葬送の曲かと思ったんだそうです。
   彼は薬を飲み、意識が無くなり、そのあと気付いた時は病院のベットの上でした。しばらくすると
  お医者さんが現れ、彼のむなぐらを掴むと、何度も殴って言ったそうです。
    「お前みたいな奴を死なせる程、日本の医学はヤワじゃねえんだ!」
  医者は彼のお父さんの学友だったそうです。
  フトンを頭からかぶり泣いていたら、彼のお母さんが、フトンの中にリンゴを一個、そっと入れて
  くれました。そのリンゴをかじりながら、彼は医者になることを諦めたそうです。
   照れ臭そうに語る彼の話のあと、ふと思い出し、例の喫茶店で流れていたっていう音楽は、
  一体なんて曲なのかと尋ねると、それが難しい題名のクラッシック音楽でした(チャイコフスキー
  作曲・交響曲第6番「悲愴」の第一楽章)。何やら憂鬱になりそうな題名の曲で、その後しばらく
  忘れてましたが、ある時レコード店で急に思い出し、買い求めたのが私のクラッシック音楽との
  出会いとなりました。
   私の音楽の聴き方は変わっています。気に入った音楽を、絵画や小説、映画の一場面に無理
  やりはめ込んで、その背景音楽みたいにして聴くことです。例えば前記の 「悲愴」 の場合には、
  邦画 「人間の条件」のラストシーンで主人公 「梶」 が、ボロをまとい、満州の雪原を、奥さんの名を
  呼びながら息絶える場面。雪が 「梶」の死体の上にこんもりと積もっていく、・・・そんなシーンについ
  重ねて聴いてしまいます。こんな音楽の聴き方って、たぶん邪道でしょうが。

重い言葉

       

                   

                               

        「国益は確かに大切ですが、しかし 『国格』――人格に相当する
         国格は国益に勝る一国の尊厳だと・・・」 (倉本聰)

        「・・・この程度の政府を持つということは、
        そもそも我々もその程度の国民だってことです」 (司馬遼太郎)

   重い言葉です。
  ロシアは嫌いだが、ロシア人は好きだ。そんな言い方がありました。人はその背後に背負う国家と
  いう幻を意識するらしい。私たち日本人は、外国で「自分は日本人だ」と胸を張るとき、その脳裏に
  どんな国家像を描くんだろう。悲しいかな私には、何も浮かばない。何も浮かばない方がいいんだ、
  という意見もある。でも私はこの国が好きだ。他国から、その繁栄を羨ましがられるだけの国では
  さびしい。
   それはそうと、人質3人に、国は掛かった費用の請求をするそうです。
  どうでしょう、一口100円位の募金をして、本人たちに代わって国に返還しましょうか。その代わり
  税金100円の不払い運動も一緒に。

     (余計なこと書きました。写真は上より、エゾエンゴサク、福寿草、座禅草)

昴(すばる)

       

                 

                           

             (今日は朝から冷たい雨。その他近況報告・特になし。)

 団塊の世代の私にとっての戦争体験は、父親の語る戦争経験談です。
酒に酔った父親が、中国大陸で 「我いかに戦へり」 を語る様子は、子供心にも聞いていて空しかった。 
でも、父親の額の小さな凹み(これは敵の流れ弾に当たった痕だそうで、もう数センチ前に出ていたら
即死だったそうです)、その凹みの位置のズレによっては、戦後私はこの世に存在していなかった。
 学徒出陣のニュース・フィルムや、阿川弘之・著 「雲の墓標」 の中で、出撃する特攻隊員の残す
 「雲こそ我が墓標、落輝よ碑銘を飾れ・・・」は、我が父の語る戦争とは、どこか違う。2・26事件で、
千葉から東京都心まで、雪の夜道を夜通し行軍したとかいう、そんな古参の日本軍人と、昨日まで
大学の薄暗い研究室で学んでいた、若いホヤホヤ出来たて日本軍人。その後、前者はあと数センチの
差で生き残り、後者は南方の洋上で、敵艦に突っ込んで死んでいった。
 谷村新司の 『昴』。この歌を初めて聞いた時、私は思わず、学徒生のあの出陣行進のフィルムを思い
出しました。
 戦争なんか嫌だ、行きたくない、学問を続けたい、でもこの国はいま・・・。そんな彼らの叫びが、
「我は行く、青白き頬のままで・・・」 の歌詞に込められているようでした。

「あんな老後もいいなあ」

          

                     

     昨年、ライラックとナナカマドを何本か道路沿いに植えました。小指ほどの太さの苗木なので、
   大きくなって、花を咲かせたり、実を付けたりする頃には、こちらの腰も曲がり始め、眼もショボショボ
   してきて、いずれがライラックでナナカマドなのか、いやいやそれより、「どこに植えたっけ?」なんて
   ことになってるよ、おそらく。
    2ヘクタール程の牧草地を、どう利用するか。この土地を購入した当初は、いろいろな夢を描いた
   けれど、最近は 『エイ、昔の姿に戻してやれ』 とばかり、そこら中にドングリをばら撒こうかと思って
   います。
    ミズナラの林にして、秋、葉が落ちたら集めて腐葉土を作り、そのうち自分も腐葉土になって土に
   帰る。同郷の作家・深沢七郎が生前、畑のナスに、枝に生っているそのままの状態で、ヌカの入っ
   た袋をかぶせ、
     「これぞ、ナスの漬物の生き作りだ」
    なんて喜んでましたけど、あんな老後もいいなあ。

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白樺(しらかば)

               

             

     白樺の幹の細いのを、30cm位に切って、山荘の玄関脇に置いてあります (写真下)。
    お客様の中には、お土産に欲しがる人がいるようで、うれしそうにバックに詰めて持ち帰ります。
     昨年、NHKの撮影班が、何日か山荘を利用して下さいました。
    早朝玄関脇のポーチで、リーダーの方と話していた折、傍に置いてあった白樺の細木が話題と
    なりました。彼は若い頃、シベリア鉄道でヨーロッパに旅行した時、とある田舎の駅で、丁度おな
    じような白樺の細木を見つけたそうです。頼んで短く切ってもらい、記念に持ち帰って、今でも彼の
    机の前に大事に飾ってあるそうです。少しNHK的な、神経質そうな中年男の顔が、ふとその時、
    なつかしそうな青年の顔に戻りましたっけ。

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